7/20に参議院選挙が行われるが、波乱の予感しかない。
「○○党がダメならどこを選べばいいか教えてくれ」とXで投稿する人もいるが、思考停止の極みである。
今回の争点は経済(減税か、給付か、米の価格等)である。でも同じ政策だったらどこを選べば?わからない人も多いと思う。
政策で選ぶのは一つの手段に過ぎない。もっと根本的ではっきりとした指標を一つお伝えしたい。
ツナマヨはなんでこんなにえらそうなのか?
政党の選び方の指南なんて、なんてこいつは偉そうなんだと思っている方が大半だと思うが、大学時代は法学部で政治学を学んでおり、成績も首席だったので安心してほしい。
ちなみに中高の教員免許も持ってるのでベースはそんじょそこらのインフルエンサーよりしっかりしてる。安心してよっかかってくれ。
選挙とは?
選挙をすることにより何が行われるか?自分の意思を反映してもらうために投票するわけだが、これは被選挙人に対し権力を与えるのと同義である。
つまり、権力を行使する人を選ぶのが選挙であるともいえる。
ということは、バカに権力を与えてはならないのである。
判断する基準とは?
では馬鹿かどうかを判断する基準はなにか?
政策は個人の立場や年代、地域によって利益となるものが異なる。よって権力を与える・与えないの基準に政策は人によって変わることから不適切である。
ここで大切なのは憲法をどのように捉えているかだと考える。
憲法とはなにか?
憲法は法律の法律ではない。
憲法はConstitutionの日本語訳、つまりもっと簡単にいうと「構造」である。国の骨組みが憲法で、憲法によって権力を抑えることにより権力を持たない国民の基本的人権を守っている。
基本的人権とはHuman Rightsの日本語訳である。つまり、「人間として正しい、人間のあるべき姿」と言える。実は好きなところに住んで、好きな仕事を選び、好きなようにブログを書き、好きな政党に投票するというのはすべて基本的人権があってこそであり、決して当たり前ではない。
憲法と基本的人権のわかりやすい例としては・・・憲法の非常事態権限を濫用し実質無効にして虐殺を行ったのがナチスである。また、現代だと北朝鮮にも憲法はあるが実態はご存知の通り。天下人が気に入らなかったら即死刑が通用する世の中にすることだって可能だ。憲法を権力者が好き勝手することによって私たちの自由は簡単に、全て奪われるのである。
つまり、憲法をどう考えているのか、どのように変えようとしているのか、人権がどうなっているのかをしっかり見極めるのは権力を与えるのに相応しいかどうかでもっとも肝心要の部分である。よって政党を選ぶのであれば憲法に対するスタンスは必ずチェックしなければならない。憲法を自分たちの都合のいいように変えるのが権力者の本丸と言っても過言ではない。
やっぱ子供手当は月10万円ないと困る!ってなっても人権がなかったらそれすら選べないし言えない。世界には大統領や首相の悪口言うだけで牢獄からでてこれない国がごまんとある。そんな日本にしないためにも、憲法は必ずチェックしよう。
憲法でチェックすべきところ
9条は安全保障の政策に関わってくる部分でもあるので、海外情勢などで左右される可能性がある。大切ではないとは言わないが、人によって・時代によって変わりうる部分ではある。
いつでも、どこでも、だれにとっても変わってはならない部分として、最低でもこの3点を確認しよう。
- 誰に主権があるか
- 基本的人権の保障
- 天賦人権論に基づいた考えか
ここら辺がしっかりしていないと、そもそも9条がどうのこうの議論すら許されなくなってしまう。選挙で意思表示ができなくなってしまう。全てのベースであって変えてはならない部分である。
誰に主権があるか?
「誰が政治的決定を行うか」である。国民主権の国では選挙が行われ、代表者が議論をして法律を制定する。これが国民でない場合は、例えば「減税しろ!」「首相やめろ!」だなんてとてもじゃないけど言えない世の中になってしまう。国民主権を明示しているかどうかをチェックしよう。
基本的人権の保障
憲法は権力者から弱者(=国民)を守るために制定されている。つまり、権力者は憲法には逆らうことができない。少しズレるが抜け道をつくらないのも重要だ。
憲法に書いてなければ昨日と今日で人権の定義が変わるかもしれないし、気に入らなければ即死刑でも憲法に書いてないのでできちゃうのである(法律があるかもしれないが、そんな権力者が法律をそのままにすると思うか?好き勝手に変えるに違いない)
権力者にとって、国民はうるさい存在である。テレビで好き勝手言って投票するしないを勝手に選ぶ。自分たちの権力を削ぐ存在である。権力者にとっては基本的人権がない方が好き勝手できるので無ければないほどいいに決まっている。
このような暴挙から守ってくれるのが憲法である。つまり、基本的人権の記載がない憲法は論外である。
天賦人権論に基づくか
天賦人権論とは、「基本的人権は生まれながらにして持っている」「生まれながらにして自由、平等で、幸福を追求するのは天賦の権利」という考えである。天が与えた権利、つまり人間がつべこべいって制限できるようなものじゃないってこと。
これが認められない場合、例えば「義務を果たさない場合は人権はない」という言葉があったりする。いうなれば国賦人権論である。
これの何がいけないのか?
例えば納税の義務について、なんらかの事情で税金を納められない場合が多々ある。明日事故に遭って働けなくなってしまったら納税は難しくなる。そうなった場合人権がなくなる(=自由にブログを書けなくなる)のが天賦人権論の否定である。自分がそうならない、というのは未来が見えない以上わからないので、そうなった時も人権が守られるようにしなければならない。基本的人権は天から与えられたもので、人間が決めた義務の履行とトレードするものではない。
天賦人権論は日本国憲法で言うと「侵すことのできない永久の権利」にあたる。これがあるから私たちは自由に暮らせる。誰かに人権のあるなしを決められるなんてごめんである。
「天賦人権論」という言葉を明記していない場合が多くわかりにくいかもしれないが、「権利には義務が伴う」とかいってたら要注意である。
Chat GPTに憲法草案を読ませてみた
私が分析すると偏る可能性もあるので、ここは平等にChat GPTに憲法学者となってもらい各政党の憲法草案や憲法に対するスタンスを読み込ませてみた。出力した表がこちらである。
※憲法草案や憲法について記載されているURLを参考に、下記3点について政党ごとに出力した。
- 誰に主権があるか
- 基本的人権の保障
- 天賦人権論に基づいた考えか

こう見ると、政党によってはかなり基本的人権を制限しようとしているのがわかると思う。
税金や社会保障、選択的別姓だって、基本的人権があってはじめて賛成や反対を自由に述べることが可能になる。これを制限しようとしている政党に権力を与えたらどうなるか?しっかり考えて選ぶことが重要である。
人権は、なぜか自分が制限される可能性を考えずに論じることがある。自分の人権が制限され、弱者になって初めて大切さに気づくようでは遅い。誰でも自分らしく、人間らしく生きるために必要なのが基本的人権であることを忘れないでほしい。
これを踏まえて政党を選べば少なくともいい方向に有権者が変えていける可能性がある社会にはなる。基本的人権がなくなれば選択肢がなくなる。これだけは避けなければならない。
考えないのは楽である。でもそれは人間であることを自ら捨てているようなものだ。誰かに頼ることなく自分でしっかり考えて一票を投じてほしい。その一助になれば幸いだ。


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